加藤がく
決意表明
2007年9月1日

 小泉政権の市場原理主義的な経済政策によって、地方経済は疲弊し生活格差は拡大しました。その後を引き継いだ安倍首相は、「再チャレンジ」を口にしながらも、国民を苦しめる市場淘汰路線に修正を加えることなく、大企業に有利な自由競争を煽るだけの「成長路線」をむなしく言い放っただけでした。その一方で、「戦後レジームからの脱却」を掲げ、復古主義的な理念を強制することで、国民の不満を力で封じ込めてきました。教育や報道への国家強制力の強化、憲法の改正、米軍追随の安全保障政策の推進、戦前の歴史を正当化しようとする歴史観。首相が唱える「美しい国」の本質とは、国家権力側にとっての「美しさ」にすぎなかったのです。

 先の参院選による自民党の惨敗は、そうした安倍政治の理念そのものに国民が「NO」を突きつけた結果でした。国民が今政治に求めている政治とは、憲法の改正を急ぐことでも、国家主義的な教育を強制することでもなく、生まれた地域で安心して生活し、子どもを育み、老後を健やかに全うできる国の仕組みをどう作り上げるかであるということが、「国民の生活が第一」を掲げる民主党の勝利によって明らかに示されました。

 ここ伊那谷(長野5区)では、1996年に新進党の中島衛氏が衆議院で議席を失い、1999年に社会党参議院議員・村沢牧氏が死去して以来、自民党が衆参国会議員の議席を独占してきました。衆議院議員の宮下一郎氏は、安倍首相が提唱する米国追随反中国を基調とする「価値観外交」議連のメンバーとして、国家主義的・復古主義的な安倍政権の路線を支える役割を担っています。そして参議院議員の吉田博美氏は、宮下氏との二人三脚をアピールし先の参議院選で再選を果たしました。安倍政権のもと、日本が戦後民主主義から大きく逸脱しようとしているときにあっても、伊那谷では一党支配による既得権益としがらみに縛られ、こうした流れに抗うことさえままなりません。

 自民党政権が進める市場原理主義や復古的国家主義がこの伊那谷の生活を豊かにするものではないことは明らかです。政治をしがらみに縛られた一部の既得権益者の手から、「普通の生活者」の手に取り戻すため、この伊那谷に新しい国会議員を誕生させ、新しい政治の風を起こし、この地を風通しのよい地域に変えていかなくてはなりません。

 そこで、伊那谷の非自民勢力の結集を広く呼びかけます。その基本理念は、リベラル(liberal)です。リベラルとは、「自由」「寛容」「共生」の意味で、国家権力による抑圧からの「自由」、格差の固定や世襲社会からの「自由」、そして固定概念やしがらみにとらわれず、新しい考えや価値観に寛容な社会を実現するための理念です。具体的には、戦後日本の平和主義、民主主義の根本である日本国憲法を尊重し、異文化、異民族、マイノリティー、社会的弱者に対し包容力を持って、さまざまな価値観を持った人が共に生きることのできる社会をめざしていきます。

 長く続いた自民党政権は、「鈍感力」などという言葉が堂々といえるほど、その政治感覚は国民の現実の生活感からかけ離れてしまいました。また、参議院選敗退の責任をとって政策の軌道修正をはかるという潔ささえも自民党は失っていまいました。今や、自民党政治に代わる新しい政権を打ち立てることによってしか、国民の声に真摯に耳を傾ける政治を実現する道は残されていません。その一歩は、この自民王国の伊那谷においても、自民党に代わる新しい政治勢力を作り上げることです。

 いざ、集わん、リベラルの旗の下に。その旗は、統一のイデオロギーや短期的な利益を追求するものではありません。「自由」・「寛容」をキーワードに党派を超えて、非自民、脱しがらみの勢力が結集し、日本国の戦後民主主義と平和主義の理想を守り、発展させる戦いを始める旗印です。さあ、逆行する歴史の単なる傍観者であることをやめ、自分の足で、一歩前へ、踏み出そうではありませんか。

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2005年11月23日

 2005年11月22日に民主党本部常任幹事会の決定をもって、次期衆議院議員選挙の長野5区の民主党候補者の公認をいただきました。前回の選挙で大敗を喫した民主党は、党の再生をかけて小選挙区で戦える選挙区と候補者を厳しく選別、その結果、第1陣の戦士として、私を含め全国で54人が公認内定を受けました。

 加藤がくは、小泉政権発足以来拡大する都会―地方間の収入格差や教育機会格差を食い止め、伊那谷で暮らす人たちが、伊那谷に誇りをもって子供たちを育んでいける社会を取り戻すために、田舎育ちの庶民の気持ちが理解できる者の一人として、その声を国政に届けていきたいという一心で立ち上がりました。

 今の政治はお金の論理だけが先行する政治になってしまいました。「官から民へ」という聞こえのいいスローガンも、「民」が示す意味は、「民衆」の「民」ではなく、「民間企業」の「民」に過ぎないということがはっきりわかってきました。「民間にできることは民間に」を合言葉によって、資本力のある強い大企業やマネーゲームに興じてテレビ局や球団の買収を試みる起業家を「勝ち組」として持ち上げる一方で、「自己責任」の名の下に、低所得層や高齢者、さらには障害者への負担を強化し、民衆の生活に負担を負わせています。

 「小さな政府」という概念は本来、公共サービスの質を落さずにいかに効率化するかということです。単に財政規模を小さくし民営化すればすべてが効率的になることはありません。サービスの種類によっては国に任せたほうが効率的な場合もあります。公共サービスの中身をしっかり吟味し、サービスの担い手を国、地方、または民間企業にどのように振り分ければ、最も効率的な政府運営ができるかを議論するのが重要なのですが、現政権は、題目のように「民営化」を唱えるだけの「民営化教」に妄信し、政府の役割をそぎ落とすことで、政府の責任をなるべく逃れようとしているのです。

 「民営化教」の論理は「淘汰」の論理です。競争によって強いものが生き残り、弱いものは死んでいく。そうした論理は企業の経済活動においては有効であっても、社会一般にあてはめることには無理があります。社会は多様です。体の強い人もいれば弱い人もいます。住んでいる場所も受けた教育も生活環境も、そして親から受け継いだ資産も人によって異なります。こうした競争の初期条件を無視して、「さあ競争だ、生き残れないのは自己責任だ」と言い切れるでしょうか。経済の論理を無理矢理に社会一般に当てはめると、社会は実に殺伐とした暖か味のないものとなってしまいます。

 だからこそ政治が必要なのです。しかし、ここで必要な政治の機能は、そうした競争を制限することでも、競争で生き残れない人を甘やかし救い上げることではありません。自由主義経済下での政治の役割は、誰もが同じ条件で競争に参加できるための環境を整えていくことにあります。ゴルフには誰もが楽しむことができるようにハンディキャップルールがあります。実力に応じて段々にハンディキャップをゼロに近づけていく。そのように政治の機能とは、初期段階ではレベルの格差があっても、できるだけ多くの人が競争に参加できるように条件を整え、その条件を透明で公正なルールで管理していくことにあるのです。生まれた環境や場所にその後の人生が規定されてしまわないために、全ての人がまず同じスタートラインに立てるようにすること。そして失敗しても何度も挑戦できる環境を整えることが必要です。政治の役割は、「淘汰」によって切り捨てるのではなく、より多くの人にチャンスを与え、多様な人々が競争社会にあっても「共生」できる環境を作ることなのです。

 現在進行する他者への思いやりの心を失った「淘汰の政治」によって、子供たちの手足には4つの大きな鉛の玉がくくりつけられてしまいました。

 1つ目は、親たちの世代が背負ってしまった国の借金1000兆円をひたすら返し、多くのお年寄りの年金を支えていかなくてはならないという負担。

 2つ目は、親たちがなりふり構わずに開発し汚してしまった地球環境の下、気候変動と新種の伝染病に怯えて暮らしていくという不安。

 3つ目は、国の教育政策の失政によって、公立学校の教育のカリキュラムにだけ頼っていただけでは、国際社会を勝ち抜いていけるだけの知識と教養を身につけることが困難になってしまっているというハンディ。

 そして4つ目は、親たちの怠慢によって戦後60年をたっても隣国との間できちんと戦後処理ができてないために、隣国と外交関係を未来志向的に発展させようとしても、なかなか乗り越えられない歴史問題という外交上の足かせ。

 これら4つの重荷によって、子供たちの未来への希望や大きなことに挑戦しようとする気持ちは削がれ、無気力でナイーブな子供たちが増える結果となってしまいました。

 それゆえ、私が目指す「共生の政治」とは、子供たちに課せられた負担を取り除き、絶望の淵から救い出す政治でなければなりません。それは、自然や他国の歴史・文化を敬う寛容の精神を培うとともに、あらゆる世襲や縁故主義を排し、教育機会、就労機会、事業参入機会を保障し、社会の健全な競争の土台に人々を確実に載せていく政治なのです。

 弱者・地方切り捨ての「淘汰の政治」によっては、伊那谷の未来に明るい展望は描けません。都市と地方、日本と隣国、お年寄りと子供たちがお互いにバランスの取れた負担と緊張関係をもって共存していける社会とはまさに、「誰もが挑戦できて、まじめさが報われる社会」です。伊那谷の子供たちが郷土を愛し、未来に大きな希望を抱くことができるために、加藤がくは、今ここに、新しい政治の狼煙を立ち上げ、次なる戦いに挑むことを宣言致します。

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